そしてできれば、嘘だと気づかないようにしてほしい。
だまされるのはいやだ、でも
人は誰でも騙されることは不快と考えます。
でも人の脳は答えがないと困ってしまう。何とか答えを探して、見つかると、それが事実か否かはどうでもよくて、自分が納得できるかどうかで判断します。
よくテレビで「それは事実なんですか!」と主人公が叫ぶ場面がありますが、あの瞬間、脳は事実なんか求めていません。自分の経験で構築された、自分だけの基準で判断しているだけです。
事実と真実はちがう
赤穂浪士の討ち入り。当日は雪が降っていなかったそうです。
でもたぶん多くの日本人は、雪の中での出来事だと思っているのではないでしょうか。テレビドラマのほうがドラマチックだから、その映像が「歴史」になってしまった。

ではテレビ局は嘘をついたと糾弾されるべきか。
たぶん誰もしません。劇的な演出をしてくれてありがとう、と脳のどこかで思っているから。
大石内蔵助にとってのあの夜と、吉良上野介にとってのあの夜は、まったく別の出来事です。どちらが正しいかではなく、どちらの立場で見るかで、事実の意味ががらりと変わる。
つまり事実とは、実際に起こった出来事そのもの。真実とは、その事実に対する「偽りのない(と信じている)解釈」のこと。
人は事実より、真実をより大事に感じる生き物なのかもしれません。
そういうことってありますよね。
健康なことは良いことだ

自分もう老眼で、メガネを掛けているんですが、やはり、ブルーベリーやビルベリーは気になります。
時々通販で、買ったりしているんですが、ああいうのってすごく高いですよね。
科学的には立証されていないという文はよく見ますが、やはり効くんじゃないかと、ついつい買ってしまいます。
科学的に立証されていなくても自分だけには効果あるんじゃないかと、嘘をついてほしい。
カロリーゼロの飲み物。「ゼロ」と書いてあると体にいい気がします。
でもカロリーゼロの定義は「100mlあたり5kcal未満」で、ゼロではない。
誰も嘘はついていないけど、カロリーゼロだから一安心と自分に嘘をついている。
もしかしてあのことも
結局地球温暖化の騒ぎも、科学的事実よりも、今私は地球のためにいいことをしているという満足感が欲しいだけなんだろうなと、少し冷めた目でみています。
それは今までやってこなかった罪悪感を癒すため、そのためには正しさより、なにかやっているという実感が欲しいんだろうなと。

地球温暖化は間違いないと心配している科学者と、いろんなデータを見てみると違うんじゃないかと新しい発見をした科学者と。
多分それぞれの科学者でさえ、いろんな考えを持っています。
いわんや我々おや、ちゃんと考えると違うんじゃない!?ってこといっぱいありますよね。
いつか地球温暖化のこと、本気で考えてみようと思っています。ぜひ一緒に。
私たちは、嘘をついてもらいたい
巷にあふれる「事実」という言葉。でも多くの場合それは、誰かにとっての真実でしかない。いや真実というより、ただの判断でしかないのかもしれない。
歴史においても多くの人は面倒な一次資料を読み解くより、誰かが下した判断を求めます。
そして自分が信じている人には、悪いことをしても黙っていてほしい。都合の悪いことは知らせないでほしい。嘘をついて、気づかないようにしておいてほしい。
歴史上の人、ただの犯罪者か、偉人だ、英雄だと一体どこで決めているのか。
人は事実が知りたいのではなく、自分にとって都合のよい真実が知りたいのでしょう。
だから私たちは、嘘をついてもらいたい。できれば、嘘だと気づかないように。

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