父と息子というロールプレイ 私の答え

夕暮れの海を眺める老人 父が壊れた

父と私のごっこ遊び

わたしは思うこともあり、結婚せずという人生を選んだわけですが、自分はそれでいいわけです。
起こることすべて自分持ちなわけですし。

誰かのせいにするわけでもなく、あたふたしながらも生きているわけです。

若いころは、人のせいにして気が楽になったような気がしていたのですが、ふと冷静になると、やはりそれはそれとして自分をさいなむわけで、結局他責志向は自分を苦しめるというのはだれでも思い当たるものでしょう。

ある意味気楽な生き方です、天涯孤独なら。
しかし私には父がいました。

そうして父には私とは違う価値観がありました。

わたしは宗教組織から離れてもシッタルダさんの考えが好きで、研究という面倒なものでなく、いつもそばにさりげなくありました。

お釈迦様(ブッダ)の家族関係に対する考え方の基本は、「子供や家族を自分の所有物としてとらえず、独立したひとりの人格として接する」こと、そして執着(愛着による苦しみ)から離れることにあります。

つまり父には私に息子を演じることを求める価値観があり、私には親子という関係に、ある意味の距離を求めるという思いがあったのです。

言葉にできない思い

心に潜む思いを言葉にするのは正確ではなく、どうしても決めつけ、割り切りになりそこに存在する言葉にならない淡い思いが切り捨てられる怖さがあります。

わたしが親子関係に距離を求めるというと、そこにはよそよそしさや不仲などうまくいっていなかったように見えてきます。

ここが言葉にしずらい思いなわけですが、いわゆるべたべたした父子関係ではないですが、父を否定して関係を断ちたいとまでは思ってはいません。とはいえ若いときは、やはりそこまで考えたことはあります。

しかしこれまでは距離を置くことを重視してきたとは思うのです。

強いてあげれば、社会的に立派であり、また立派であろうとした父と、それにこたえようともがき、手放すことで安定した私とのすれ違いの関係でした。

父と仲が悪いと言ってしまうと、周りの細かいニュアンスがそぎ取られ、すっかり単純な親子関係が出来上がります。他人からは理解しやすい構図が用意されるわけです。

この単純化された関係は言葉に表すことで、現実のものとなります。それにとらわれていくのです。

アナログとデジタルの変換エラー

私の若いころ、それはまさしくCDの誕生期でした。

初めて聞いたCDの音質の良さに衝撃を受けたのは、私だけでなくこの時代の共通体験でしょう。

デジタルが音がいいと勘違いしていたわけですが、正確には私の環境においてたまたまアナログレコードよりCDのほうが情報量が多いというだけで、本質を言えば、情報の変換には必ず欠損が生じます。

元の音源からビニールレコードに変換することで失われる情報が、CDに変換したときに失われた情報より多かったというだけで、MDなどは、変換により失われた情報を補正してより元の音らしく聞こえる処理をしているだけで、情報量自体はもっと欠損しています。

父と私の言葉にならないようなお互いの気持ち、それをアナログと言うのなら、言語化した時点で、言葉というデジタル変換が起きて、当然のように変換エラーが起きます。

問題は、言語化した時点で、失われた情報は戻ってこないのです。

私の言葉は本当の私のもの?

思いを言葉にした時点で、周りの情報をそぎ取ったのっぺりした情報になります。

ただそのほうが理解しやすいんです。

思えば自分で見つけた言葉であれ、誰かが見つけた言葉であれ、言語化でのデジタル化はなんとなく本質をついているように感じてしまいます。言語化がうまいのは頭がいいとよく言われますし。

誰が見つけた言葉であれ、それが自分に向けられたら、ああ私のことわかってくれていると感じ、こうして複雑な私の心は、単純化されて自分になじんでゆく。

それは本当の私?私が使ったとしても、私を表しているの?

自分で決めているの、誰かの言葉を使っているだけ?

近代の脳科学や心理学、決定論(けっていろん)の立場では、「自分で選んでいる」という意識は脳が見せる錯覚であり、行動の多くは無意識や環境、遺伝子によって事前に決定されているという見解が有力になりつつあります。

わたしはそこまで決定論を信じているわけではないけど、自分が使う言葉一つとっても、こういうことを考えると、あながち違うとも言えないのかなあと感じることもあります。

変わらない思い、変わる思い わたしはどこへ

だから、まだ言葉にならない思いはきっと多くの可能性を持ち、言語化、デジタル化することで、方向性が決定され実現すると考えると、これこそまさに思考は現実化するということなら、小さくはいつも起こっていることです。

例えば願ったら、お金持ちになるというようなスピリチュアルなものは、まだ自分はわかりません。それは嘘だと言い切るほどはわかりませんし、思考と現実がどうつながるかは、表面的な判断では浅いことでしょう。

ただ今回考えていたこと、人それぞれいろんな思いがあり、それは言葉にするまではたぶん自分も明確にはわかっていないのでしょう、それが言語化で、やっと自分の気持ちに気づく、そして気づきさえすれは、実現に向かうのはある意味当たり前。

お金持ちになりたいという思いは、お金持ちでないから言えることです、つまりお金持ちになりたい(お金持ちではない)というあなたを実現します。

父とうまい関係が作れないという気持ち、実はそう思っていただけで父の言葉で、気付いたことがあります。

父は私に言いました。

父
父

お前がこんなに俺の面倒を見るとは思っていなかった。

その時の父の思いはどんなものだったのでしょう。たぶん言葉そのままではないでしょう。

その言葉を口にしたことで、面倒を見る私が現実化したんだと思います。
その言葉がなければ、今まで父と距離を置いていたことで私は自分を責めていただろうし。

つまり、自分を責めていた私という現実が、少しだけ父の世話をしている私という現実に切り替わった。それは言葉があったから。

父が他界し、半年を超えて少しづつ自分の気持ちが変容してきます。

意識したことで分かったこと、自分の思い

それでも多くの悔恨はあります。父との距離感。
きっとそこには誰かに決められた世間体という名のジャッジメントがあるからでしょう。

そこには視線を向けないと決めています。
たぶん私と父の距離感はこれしかなかったのだろう。

だから、自分をさいなむためでなく、私の人生のためにどんな意味があったのか、正解のない答えを自分と語り合えたら楽しいね。

私の答え

このブログのタイトルは「父が壊れた」といいます。

介護を始めてから考えたことを残しておこうと思ったわけですが、母のことあまり書いてないんです。

母は他界する直前、一度死んでいます。変な言い方ですが、病院で様態が急変して、心臓が止まることがありました。担当医師の方々のおかげで戻ることができたのですが、その時の会話がかなり印象的でした。

母
母

新聞に私が神隠しにあったと書いてある!

モンタル
モンタル

え、今会えているし、大丈夫だよ。

母
母

ここは悪者の組織の隠れ家で、(医師や看護師は悪の組織の構成員)私は見張られている!

モンタル
モンタル

先生たち、みんなお母さんのために頑張っているんだよ

母
母

違う、あの人たちはお前に頭下げてた、お前が神隠しの組織の親玉だ!

入院時の部屋とは違って、集中治療室で目覚めきっとパニックになったんだろうとは思うのです。
こんな会話があったわけですが、そこには何となくおかしさというか、怖い夢見てたの?みたいなクスッとする空気があったんです。冗談で言ったんじゃないとは思うけど、寝ぼけたのかなとは思う感じでした。

残念ながら、そのまま他界したので、冷静になって神隠しの親玉の話をしたかったなあ。

母とは入院中もいろいろ話はしていて、延命治療はするなとか、お前に迷惑はかけたくないとかそういうことを気にする人でした。

そういえば、もっと前でも、お前の奥さんとけんかしたくないから、一緒に住みたくないとかはじめから同居は考えていない風でした。逆に父は、一緒に住むのは当たり前という考えで、自分がいない二人での会話はどうだったんだろうと少し気になります。

わたしには父はお釈迦様の言う「執着(愛着による苦しみ)から離れること」ができない人だという決めつけをしていました。

それに対して、母はいとこからママ(なぜかいとこは私の父をパパ、私の母をママと呼びます。)はハンサムでかっこいいといわれるくらい、しっかりとしていた人でした。だからあまり母に精神的に引っ張られたという感じがないんです。

このブログはこれからも父のことを書いていこうと思います。やはりそれだけ引っ張られたという思いもあります。

でも時には母のことも思い出していきたいですね、今では穏やかに思い起こせると思います。

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