あの頃、宗教組織が応援することに対して感じていたもの

そもそもはじめから中道とは見えていない組織二つが合わさっても、誰も納得させられないというちょっと残念な状態が続いています。
いうまでもなく、立憲民主党と公明党との新党合流というか、野合というか。
以前応援した身としては何をやっているんだとあきれたり、落ちたなあと哀れんだり。なんとも複雑な気持ちですね。
でも何んとなく感じてはいたのですよ、自民党と公明党の連立政権は私から見てもとてもいびつに見えていました。
それは公明党の行動が平和の党といいながら自民党の足を引っ張っているように見えて、仲間として同じものを見ているとは見えなくて、結局創価学会の組織力だけを利用されているんだろうなと。
自分が組織にいたころ、会合で公明党の応援のための勉強会のようなものがあり、そこで、公明党の施策の勉強をするのですが、その時に感じていたこと、今勉強会で聞いている人たち、どこまで本気に政策を支持していたのだろうかと。
会合で言われたから応援していたけど、もし仮に会合でなく聞いていたら応援できたのだろうかと。
自分にはここがなんとも気持ち悪くて、選挙の応援は本当に嫌でした。
そのころ見えていた民主党
ちょうど、政権交代した時、私は民主党に投票しました。
民主党がいいというより、公明党とそれに伴う自民党が本当に嫌だったからです。
正直、施策内容などどうでもよかったです。こういう動機で投票した人多かったと思います。
やはりどこかで、誰がやっても同じだと思っていたし、気に入らないから(内容はそれぞれでしょうが)対抗組織に投じる。お灸を与える的な。
民主党は、マニフェストを出したりしていましたが、一部の人以外はほとんど気にもしていなかったでしょう。
幸せな時代だったのですね。
実際民主党が政権をとり、与党として行動するにつれ、政治に興味のある人には非現実な対応といい、官僚を使いこなせなかったりと異様に映ったのでしょうが、ほとんどの人には、やっぱり誰がやってもだめだとしか映っていなかったと思います。
幸せな時代だったのですね。今の世界環境ではとても対応できないだろうなということも、この時代は何とかなっていましたからね。
そういう意味で、公明党が連立の離脱をしたことは、日本にとって本当に良かったと思っています。今この時代では。
公明党を支持していた創価学会とは
創価学会は日蓮正宗に帰依しています。いや。していました。
もともと、日蓮正宗の在家信徒団体として活動し、両者は密接な関係にありました。
破門と決別: 1991年(平成3年)11月、日蓮正宗は教義・信条の相違から創価学会を破門処分とし、両者は完全に絶縁・無関係となりました。
現在の状況: 創価学会は日蓮正宗とは別の独立した宗教法人となっており、独自の会則や教義運営を行っています。
実はもうこの頃はすっかり嫌気がさして、(公明党だけでなく、創価学会自体が)会合や、関連の友人とも距離を置くようになり、へーそんなことがあったの的な他人事として聞いていました。
創価学会在籍時に傲慢さとか、自分は間違っていない感はいつも感じていたため、宗門からの破門はなるべくしてなったなあと、ぼんやり感じていました。すっかり興味もなくしていたころだったので。
それでも、一応、教義の基礎として
公明党がよく使う言葉、中道といいながら、日蓮正宗の教えは二元論に思えます。
例えば、五時八教という教義があります。
教学の解説ではなく、今の時代にどう生かすのという視点で書いています。
お釈迦様のいろいろなお経をそれぞれいつどのように説いたかという分け方なのですが、結局法華経がサイコーという自画自賛の教義だし、最後は二元論になっているのですね。
むかし組織に属していた頃、本当に嫌だったのが、俺達が正しいのだから周りはみんな間違いというそこはかとなく流れている感情。
例えば、選挙活動があり、公明党の応援をするのですが、「選挙や、好きな政党はそれぞれなんじゃないの?」という素朴な質問さえ、「え、公明党が一番立派なこと行っているんだから、公明党を応援するのがあたりまえ」
まるで、唯一正しいのが公明党だみたいな話し方で、迫って来るわけです。
本人は、わたしに強制しているつもりはまったくなくて、正しいことを教えてあげるよというとても優しい心で迫ってくるわけです。
やめなければ見えなかったこと、いっぱいあり今ではもはや戻ろうなどとは思えませんが、あのころ周りにいた人、みんなとてもいい人でした。
今の中道改革連合のバタバタ、自分からすれば、当たり前のように見えるのですが、あの頃感じた違和感、やはり今も感じています。
結局自分の周りのことはすべて自分で作り上げています。公明党が正しいことをしているという世界に住んでいる人は、応援するのは当然です。
でもそう考えていない人もいるんです。その人が自分で考えているとかじゃなく、その人もその人の作り出した世界で生きています。
だから、話をして相手の考えを変えることはとても難しいわけです。
相手の知識を変えるだけでなく、相手の世界を変えるわけですから、なかなか変わりません。そもそも変わりたいと思っていなければ、人に言われて自分変えるのは本当に大変だと思います。
保守と革新 左翼と右翼 そして中道とは

自分が合わないと感じていた部分、それは中道ではない私と、中道だと言い張る創価学会(もしくは公明党)との対立ではないのです。
わたしには公明党はただの左翼に見えます。現実を無視した安全保障など。
そして組織的にはかなり独裁体制に見えます。組織票なんて言葉、私には恐ろしくさえ思えます。
組織できめることで民主主義の基本である投票が決まるのは、まさしく独裁と親和性があります。
言っていることがお花畑だから、平和の党だなんていうのは、あまりにもナイーブです。
人道的な問題を指摘されている組織に対しての親和性は、その人道弾圧を肯定していることになります。
それは中国というより中国共産党と親和性があることも影響しているのかもしれません。
今この段階で、のこのこと訪中するような国会議員、誰のための行動なのでしょうか。
まあ組織的に中国と親和性があるというより、はじめに中国共産党と友好を結んだ人がいたこと。
その判断の間違いを認められず、以降も硬直した組織で路線修正ができなかったのだと私は感じています。
さて私は、相対的に右翼でしょうか。
今回言いたいこと、世界的な潮流として、保守と革新の構図は続くでしょう。
しかし、右翼-左翼という構図、もはや成り立ってはいないように感じるのです。
特に日本において、今回の中道何とかのグダグダは、左翼的な人たちの異様さを浮き彫りにしました。
異様というか、リアルさがないというか。この人たちに日本をまかせて大丈夫か。
今回の中道何とかのグダグダは、中道という、わけのわからない人たちを浮かび上がらせ、この言葉に対して悪い印象を結び付けましたね。
日本における左翼という異様な人たちが見えてきたこと、例えば沖縄にもその潮流は押し寄せて、あれほど強かった、玉木デニー前知事が負けるという地殻変動が起きました。
世界の左翼とは違う、日本独特の「ぱよく」と呼ばれる自称左翼の人たちも、ここにきて、表にあぶりだされた様な気がします。


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