物理的な家という建物、それはHouse?Home?実家とはなに?

家という日本語、もちろん意味は分かるのですが英語で表現すると
- house(建物としての家)
◦ 物理的な建物(一戸建てなど)を指します。
◦ 例:I live in a big house.(私は大きな家に住んでいます) - home(生活の場・家庭・居心地の良い場所)
◦ 建物そのものだけでなく、家族と暮らす場所や、自分の帰る場所としての「家」や「家庭」を表します。
今回考えたこと、今寝泊まりをしているここは、自分の持ち物であり今は自分以外誰も住んでいないアパートの一室で、快適とも言えないけど、私にとってここがHomeといえる場所なのでしょう。
もう新しい人を入れるつもりもなく(古いし、今の標準にするのもコストもかかります)寝泊まりする以外の部屋も、トレーニング部屋のように何か自分のために使おうと思っています。
父が他界し以前父が住んでいた家も自分の管理となりました。管理という言い方をしたのは、やはりそこはまだ自分のHomeという感覚に慣れないこと。
少し昔の話をすると、父が国鉄での定年退職を控えたころ、それまで国鉄官舎住まいだったのを、自分の家を建てました。
たぶん一緒に私にも住ませるつもりで、一応わたし用の部屋もありましたが、ちょうど大学に入るタイミングだったので、私はそのまま神奈川へと引越ししました。
もちろんその建物は私のHomeではなく、帰省先の実家でした。
ちなみに実家を意味する英語はないようですね。
転勤ばかりだった私の学生時代
学生の頃、国鉄官舎住まいだったこともあり、私にはいわゆる故郷という概念がありません。
小学校は入る前に一回、途中に一回、中学校も入るときに一回、途中で二回転校をしました。
ちなみに幼稚園も一度転園しました。ちょうどその時に新潟地震に遭遇し、目の前の地面にひびが入り、ぎゃんぎゃん泣いていたことを覚えています。
だからここが「俺の故郷」という場所がないんです。
どこに転校して新しい友達を作ってもその友達はそこが故郷です。そのことにすごく疎外感を感じていたことを覚えています。
まあそのおかげで、友達を作るのは得意で、転校して友達作れず一人ぽつんということは経験できませんでした。
でも転校すれば、しばらく文通していたとしても、やがては連絡不通になります。自分の友達は長く付き合う、いわゆる幼馴染がいないなあとぼんやりと考えていました。
東京に行って感じたある意味の平穏

友達は多いけど、付き合いは短い自分の交友関係ですが、やはり「三つ子の魂百までも」といいますか、友達の概念が人と違うなあと感じた大学時代も、同じように友人は作るけど深く付き合えないと感じていました。
だから、というのは他責のような言い方ですが、大学をやめるのにあまり引っ掛かりもなく、あっけなく退学しました。
そのまま東京に引っ越しをし(大学は神奈川県だったので)飲食店に勤め始める中で、やはり今までの友達の作り方からは逃れられず、多いけど浅い付き合いというのがどうもベースになっていたように感じます。
以前にも書いたことですが、
どうやら私は寂しさを感じないようです。
少なくともこの頃は何かを考えていたわけではありません。でも強烈な人恋しさは感じなかったように思います。
それはやはり「東京」がみんな寂しいものの集まる街というよくわからない安心があったように感じます。一人でいても疎外感がないのです。
きっと引っ越しばかりして、転校時は友達ができるまでの寂しさ、すぐにでも友達作らなきゃと焦っていたこと、それらが今全くなくなったこと。
いやもちろん東京に友達は今でもいますよ、でも幼馴染のような深さはないなあと思うのです。
今一人で寂しさは感じるけど、さいなまれることはないのは、一つはこの時代の一人でもいいんだという妙な安心感が今に影響を及ぼしているなあと思います。
そして実家とどう向き合うか

つらつらと書きましたが、これまでの経験が今の自分の考えを形作っているわけで、すべてそこから始まります。
昔からいろいろ考え方は変遷しているわけで、今は今の考えで進んでいきます。
親と離れて生活を形作ってきた人はみな同じ感じじゃないかなあ。
親の住んでいた家、残されてさてどうしようかと。
もちろんいろんな感じ方でしょうが、不動産が手に入りラッキーとも言えないよなあという人いると思います。
姦しい人は、小さなアパートに住んでないで、親の大きな家に住めばいいといいます。
でも少なくともHomeではないのです。
あたかも別荘のように週末に言ったり(別に会社員でもないので週末と蚊の概念も関係ないのですが)しばらく放っておいたりを続けています。
家族もいないので、何かしらの責任もありません。
だからこの家、楽しむ拠点にしていこうと考えています。
新しいサイトを作ることを計画しています。そこは
モンタルチーノ君の部屋(仮)という趣味というか、興味の向くままのサイト。
そこでの一つの拠点としての庭作業だったり、電子工作だったり。
そうやってこの家に興味を持てるようにしたい。義務として管理するのではなく。
この父の作ったHouseがいつか私のHomeになる日を夢見て。


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